2015年09月11日

ムジカギターの先生ってどんな人A楽器編

はい。こんにちは。前回はワタクシ樋口の過去をさらしまくったわけでございます。
間違っても「ヒグチさんなら私や我が子の悩みを解決してくれるかも。」とか思わないでくださいね。そういうのは専門のカウンセラーとかそういうところに行ってくださいね。そんな能力はありません。ボクに聞かれても♪きっと本当の悲しみなんて自分ひとりで癒すも〜のさ〜分かりはじめた〜♪って歌うか、♪求め〜ないで〜 優しさなんか〜 臆病者の言いわけだか〜ら〜♪って武田鉄矢さんのモノマネするだけです。
ノイローゼ状態の時、「同情されたら終わりやで。」って兄貴がボクにくれた言葉です。

というわけで、ボクはギター教室をやっています。今回はさわやかに、所有ギターと共にギター弾きヒグチをさらして行きます。所有ギターで趣味趣向、得手不得手もご判断いただけるかと思います。ギター独習者やギター愛好家の方でムジカギター教室にご興味がある方には、何かの参考になるかもしれません。
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まずはクラシックギター、左はスペイン製のアリアAC80、立奏用にピンを付けています。
右は河野プロフェッショナルJ84年製、ハカランダモデル。
クラシックギターから弾き始めたからなのか、今でもやっぱりこだわってしまいます。無人島に1本ならクラシックギターを持っていくと思います。クラシックギターに関しましては12歳〜18歳、25歳〜35歳まで2人の素晴らしい先生に教わりました。
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続いて、アコースティック。左はヤマキカスタム130、右はヤマキYW80です。アコギを買ってもらったのは中学2年生だったと思います。ハーモニカ装備で、ひたすら弾き語りをしました。
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エレキギター、左はフェンダーUSA・ハイウェイ1テレキャスター。右はフェンダージャパンST33。
指で弾くのでシングルコイルのほうが反応が良い。エレキは高校生になって買いました。エレキ=バンド、バンド=複数人、複数人=俺の敵、そんな思いからかエレキデビューは遅い。ハードロック、ヘビーメタルに憧れた事は1度もないです。エフェクター類についても最低限の知識しかありません。その辺りはかなりショボいです。BBJというバンドで10年ギターを担当しました。今年はむらむらサミ〜ずの一員として高槻ジャズストリートに出演しました。エレキでも我が道行くタイプが好きです。
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番外編としてはマカフェリタイプとウクレレ。ジャンゴ・ラインハルトがヤバかったので25歳くらいの時に買いました。ウクレレは実家の教室や幼稚園コンサートで登場します。
たくさんのギターを買ったり、売ったりしてこんな状態に落ち着いています。全部メンテナンスしながら大事に使ってます。
 今から「ギターやるぞ〜!」って方にはよく分からない話だったかもしれませんが、道具の話もなかなか楽しいもんですよ。ぜひ、お気に入りのギターを見つけてくださいね!
大阪府高槻市のギター教室 http://musica09.sakura.ne.jp/
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posted by 樋口昌紀 at 15:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 自己紹介・プロフィール

2015年09月10日

ムジカギターの先生ってどんな人?人間編

こんばんは。すっかり暗くなるのも早くなりました。秋ですね。好きです。
今日はさらします。ガバッとさらします。ボクの仕事は生徒さんと長くお付き合いさせていただきますので、
やっぱり相性といいますか、「あ、この先生いいな。」もしくは「ちょっと合わなさそう。。」とかあって当たり前だと思います。なもんですから、わたくし樋口昌紀ヒグチマサノリをさらしておきます。ボクの半生がどこにでもある話、たいした事のない話なのは分かってます。でもムジカギター教室に興味がある方にとってはどうでもよくはないかなと思いますので、一体どんな男なのか、是非参考になさってください。
 みなさん、悩み事ってありますか?コンプレックスはありますか?ありましたか?隠したい過去、ツライ経験、ありますよね。みんな一つや二つ背負って生きているんですよね。
 じゃあ、ボクのをさらしていきますね。ボクが隠したかったのは中学受験した事です。
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いきなりすいません。このダントツ1位の少年はボク樋口です。いろいろ注目してほしいのですが、まずみんなクツをはいているのに、いや靴下もはいているのにヒグチ裸足です。みんな体操服をちゃんと着ているのにヒグチ全開です。もちろんヒグチだけ帽子反対にかぶってます。もう無茶苦茶です。これで小学校時代にどれだけヒグチが君臨していたか伝わったかと思います。そしてヒグチはこのまま君臨し続けるはずでした。
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はい。磯野カツオです。この落差、、この落差、、この落差なんです。
運動会の写真でもお分かりいただけると思うのですが、ヒグチは自分のスタイルがあるヤツだったんですね。
なもんですから「受験してみるか?」という誘いに「おもしろそうかも」って軽い気持ちで受験したんだと思います。ボクは人と違う事で悩むタイプじゃないんですね。お坊ちゃんになった自分が、正確にいうと(お坊ちゃんになったと思われること)が嫌で嫌で嫌でしょうがなかったんです。通学は地獄でした。地元の友達がガクランで集まっている中をチャリで抜けねばなりません。
もう知らない友達がたくさん増えた、かつての友達。「友達はずっと友達さ!」あの〜言っていいですか、断絶します。それは休日のデパートでも同じ、もう話せない。
私立中学にはみんな遠方から電車や自転車で通学してきます。ボクは学校の帰りに友達の家に行くため水無瀬や山崎までチャリでほぼ毎日行ってました。中1がチャリで山崎。泣けます。(思いっきり地元ネタですけど、お読みになられる方はおそらく地元の方だと思うのでいいかと。)
 滑走中の「なに、あの制服〜」「あれ、ヒグチちゃうん!」「なんやあれ(嘲笑)」女子やちょっとやんちゃな元トモの一言は刺さります。小学校時代、好き放題言ってました。グイグイ行ってました。バチが当たったんだって思いました。はじめて自分を否定した瞬間です。あとやっぱり親を恨みました。「そんなん、アンタが行くって言うたんやんか。ちゃんと聞いたで。」、、「そんなん分かるか!想像出来るか!」ボクはもちろん泣いていました。
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ギターが必要だったんです。今や多勢に無勢、ヒグチは地に落ち、地元では己の存在を消そうとしている。
立ち向かうには武器が必要だったんですね。ギター1本で大勢の人の前に堂々と立つ。きっと泣くほどそうなりたかったんでしょうね。そうなれるなら3日不眠メシ抜きでも弾けたと思います。
中3で外部に受験を試みましたが、模試会場や塾での孤独に負けました。もう翼は折れていたんです。
その後、高校を卒業して大学に入学しましたが1年も経たないうちにノイローゼ状態に陥り中退。あ、これも隠したい過去です。1年間アルバイトした後、ピアノ調律学校を今度はちゃんと卒業しました。そして父のミドリ楽器でピアノ調律業と同時にギター教室をはじめました。1997年の事です。精神的になかなか自立出来ない自分がもどかしかった。結局12年間ミドリ楽器にいました。お客様には「無愛想やなぁ〜」と言われながらも可愛がっていただきました。2009年10月、亜沙子さん(妻)のスパイスが効いた助言もあり結婚と同時にムジカギター教室で独立しました。今は娘が2人います。
 自我が確立するのは14歳といわれています。それまでの子供の心は飴細工のように、すぐにでも壊れてしまうものなんです。傷を隠して笑ってる子もいるでしょう。僕は自分を否定したり、責めることはもうしないけど、「自分が正しい!」とはよっぽどな事がないと信じません。

クラシックギターを立って弾く人は、クラシックギタリスト、クラシックギター愛好家全体の0、1%もいないと思います。人と違う事、少数派な事、流されない事、これからも強く生きていきたいと思います。
今は母も父も兄も家族みんなが、ムジカギター教室を応援してくれています。(^^♪
大阪府高槻市のギター教室 http://musica09.sakura.ne.jp/
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posted by 樋口昌紀 at 19:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 自己紹介・プロフィール