2016年12月20日

まーちゃん便り・僕の師匠とフェルナンデスGC30・加筆

ギターを買った。フェルナンデスGC30、1973年製である。当時3万円のギターだ。家内と重奏したりポロポロやってれば子供も入ってくるかなと思ったのだ。「ギターやろう。」と言っても最近はあんまり反応が良くない。一人では弾きたくないらしい。こういう時は方法を変えるのだ。こちらが変わるしかない。いい風になればいいが。。 
 なぜこのギターにしたのか。僕の初めの師匠、西田先生が使っていてミドリ楽器教室にずっと置いてあった楽器だからだ。もう30年くらい前、ミドリ楽器の2階の教室で、はじめて先生に会った。西日の当たる教室で、窓には古い縦型エアコン、入り口向けて正面に黒いアップライトのピアノがあった。もっと幼いころピアノを習ったのもここだ。今のミドリ楽器の建物ではなくて、古い建物で今の隣に位置する。入ってすぐ正面に階段があって、1階はところ狭しとピアノが置いてあった。ディアパソンの凝った作りの掛け時計、モーツァルト、ベートーベン、シューベルトの肖像画、階段にはバッハもいたかな。(あれって売ってるんですよ。全音楽譜出版で販売してたと思います。1枚1万円以上するはずです。)陶器で出来たピアノを弾く人のオルゴール、はたきをイギリス兵隊の頭に見立てた木製の置物。マネの笛吹く少年。研磨剤とピカールの匂いがして、音楽教室やピアノ調律が盛んだった。親父はピアノに潜り込んでペダルを磨いていた。ギターは1本もなかった。よく家の鍵を忘れては取りに行ったものだ。
 西田先生は芸術家って感じの人。カルカッシギター教則本で習った。正直、エチュードやアンダンティーノと言われてもピンと来なったが、ギターの音、ハーモニー、知らない曲でも音楽っぽくなってくるとそんなに嫌でもなかった。当時の楽譜は今でも持っている。先生の書き込みを見ると、その時なんとおっしゃっていたのかもよく覚えている。とにかく1音にこだわっておられて、ただの音出しを嫌った。「どういう意図でその音を出したのか?」クラシックギターは嫌いじゃないけど、特に好きでもない習い事だった。大体、僕にクラシックっていう言葉、クラシックという世界が似つかわしくないように感じていた。マジメは真面目だし、不良、ヤンキーは嫌いだし、少年野球もやってた。チャラけることは出来ない性格でしたがクラシックって、NHKで見る蝶ネクタイでなんとか交響楽団とかで、、どこそこ留学でとか、完全に僕とは関係のない世界だと思ってました。それは今でも変わってないのだと思います。
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先生のとまったく同じモデル。サウンドホールからの匂いは古い箪笥みたい。
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43年前のギターなんです。割れ、反りなくいい状態です。弦長は657ミリ、当時はラミレスギターが大人気だったと思います。長い弦長に杉トップ、深いカラーは今でも十分なツヤがあり、魅力的です。
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ヘッド突板は分厚いハカランダ!!ブリッジも!
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ある時、先生に「なんでこのギターにしたんですか?」って聞いたんです。そしたら、「当時いろんなギターを弾いたけど、同じ価格帯では1番音が良かった気がした。」とおっしゃってました。
20代になってまた5年ほどご指導いただきました。2人で飲みに行ったことも何回かあります。先生のお家にお邪魔したときには、先生愛用の一柳一雄のギターがありました。ミドリ楽器をやめてからはお会いしてません。このギターを見ていると先生を思い出します。先生の皮肉、今の俺なら返せるかな。。
高槻ムジカギター教室http://musica09.sakura.ne.jp/
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posted by 樋口昌紀 at 20:37| Comment(0) | TrackBack(0) | ギター教室・指導