2016年10月28日

ムジカ便り・ミドリ楽器40周年記念&ファイナルセール1章

ども〜〜〜!!ムジカギター教室の樋口です。
高槻市沢良木町(ムジカと同じ!)で40年前にミドリ楽器は誕生した。(現在は京口町)
空前のピアノブームの中、河合楽器から独立、当時は脱サラという言葉が流行っていたそうです。
売れに売れたピアノ。お店の中が空っぽになったそうです。それでも「売ってくれ、売ってくれ」と。
ピアノ教室はキャンセル待ちの大盛況。これからどんどん良くなっていくんだ。子供たちには文化的な事をさせてあげたい。夢のある時代だったんです。府営住宅でも、団地でも、とにかく売れた。みんな月賦でピアノを買った。そんな忙しい楽器屋の夫婦、背中に赤ん坊を背負って接客、オルガンの運送までしたそうな。高槻で津之江、柱本、南松原、各地で教室を展開していったのである。1970年〜1980年あたりですね。
しかし、流行とはまさしく流れ行くもの。やがてピアノブームも過ぎ去っていくのです。
しかしながらよくよく考えてみれば、それは当然であって、正常な状態に戻っただけなんですよね。
あんなに場所をとって、大きな音がして、調律には職人が定期的に来る。下手したら年に2回来る。ろくに練習もしない子供、泣きながら行ってるのに月謝は高い。まさに究極の贅沢品なんです。
本当にそれが好きな人、必要な人の数に戻っただけであって、何も驚くことはない。
「ピアノ売ってちょうだ〜〜い。」ってあれず〜〜〜とやってるでしょ。つまり、まだあるんですよ。日本には当時売れたピアノが。。あれ何年やってます?どんだけ売れたかって話ですよ。
ミドリ楽器も形態を変えた。これからはシニアの時代だ。よし、大正琴をやるぞ!となったわけでございます。
それはもう30年も前の話。。
 富士フイルムをご存じだろうか。知ってるっちゅうねん。うちの奥さんが使っている洗顔化粧品は富士フイルムが作っているのだ。時代に合わせて商材を変える。そのいい意味でのこだわりのなさは大事なんだ。
例えば洗濯板専門店があったとして、誰が喜ぶ??「いや〜ウチは伝統を大事にしてますから。無垢板ですからぁ、ええ。」って売る側のこだわりなんかお客さまにはどうでもいい事なんです。
 話は戻って、シニアに切り替えたミドリ楽器はそこからまたブレイクする。続く
高槻ムジカギター教室 http://musica09.sakura.ne.jp/
posted by 樋口昌紀 at 21:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 番外編・雑記